東京地方裁判所 昭和27年(ワ)2927号 判決
原告 株式会社中央機器製作所 外一名
被告 国および東京都
一、主 文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は、「被告等は連帯して、(1) 原告株式会社中央機器製作所に対し東京都で発行される朝日新聞、読売新聞、東京新聞、東京タイムズ、毎日新聞、日本経済新聞、内外タイムズの各新聞紙上に継続して十日間、本文及び日附は五号活字、その他は三号活字で、別紙第一の(一)<省略>記載のような文面の謝罪広告を掲載し、且つ金百万円及びこれに対する昭和二十七年五月二十日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払い、(2) 原告那須栄に対し右各新聞紙上継続して十日間右同様の活字で別紙第一の(二)<省略>記載のような文面の謝罪広告を掲載し、且つ金十万円及びこれに対する昭和二十七年五月二十日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として、
(一) 原告株式会社中央機器製作所(以下原告会社という)は、資本金四百万円を以て昭和二十三年四月設立され、各種消火器、発動機及び自動車部品の製作販売を営む株式会社であつて、肩書地に本店を置き、東京都大田区大森八丁目四千百二十一番地に工場及び営業所(以下両者を併せて大森工場という)を、京都市下京区寺町通り松原上ルに関西出張所をそれぞれ設け、従業員六十九名を雇用し、一カ月約八百万円に及ぶ生産高を上げ、国家消防庁検定消火器製造業者全国約七十社中、昭和二十六年度受検数量において第二位を占め、帝国銀行銀座支店、同大森支店、第一信託銀行本店及び東海銀行銀座支店と取引関係を有し、その販売代理店は約四十、下請工場及び仕入先は約百に達するものであり、原告那須栄は原告会社の専務取締役であつて、専ら経理関係の事務を担当しており、その社会的信用高く、原告会社の信用と経営を維持して行く上に欠くことのできない重要な地位を占めているものである。
(二) 昭和二十七年二月二十一日夕刻東京都蒲田警察署管内においていわゆる反植民地デー闘争デモと称する集団示威行進が行われた際、右行進参加者と警官隊との衝突事件(いわゆる蒲田事件)が発生するや、蒲田警察署勤務司法警察員警視庁警部補高橋力彌は同日東京地方検察庁検事高橋某の同意を得て、被疑者不詳に対する別紙第二の(一)<省略>記載の公務執行妨害、強盗、暴力行為等処罰に関する法律違反の被疑事実について、大森工場の建物及び附属建物を捜索し、右被疑事実にいわゆる強奪された拳銃その他の証拠物件を差押えるべきことを許可し、且つ夜間執行を許可する旨の捜索差押許可状の発布を東京地方裁判所裁判官に請求し、同裁判官石崎四郎は同月二十二日右請求どおりの捜索差押許可状を発布し、大森警察署勤務司法警察職員は同日早暁右令状に基き武装警察職員約三百名を動員し約三時間にわたり大森工場の建物内を捜索し、同工場従業員を以て組織されている労働組合関係の文書及び従業員の私物等前記被疑事実とは何等関連性のない物件を押収した。
(三) ところで右令状請求に際しては刑事訴訟規則第百五十六条第一項及び第三項所定の資料として別紙第三の(一)<省略>記載の各書類が提出されたのであるが、右書類はいずれも司法警察職員が作成した報告書或は司法巡査の供述調書であつて、それだけでは右法条所定の資料とすることのできないものであり、仮に右書類が同条所定の資料とすることのできるものであるとしても、右書類の記載によつては原告会社が前記被疑事実と関係があり、若しくは右被疑事実について差押えるべき物が大森工場に存在すると認めるに足りる状況は認められない。すなわち右令状請求に際し右書類が提出されただけでは前記規則第百五十六条第三項所定の資料の提出があつたものとはいえない。前記高橋警部補、高橋検事及び石崎裁判官は右のように右条項所定の資料がないことを承知の上敢て右書類だけで同条項所定の資料が具備しているものとして、それぞれ右令状を請求し或はこれに同意し若しくはこれを発布したものである。仮に同人等が右に気づかなかつたとしても、それぞれその地位にあるものとしては当然これに気づくべきものであるのに、不注意によつてこれに気づかず漫然と前記資料だけで右条項所定の資料として十分であると認めて右令状を請求し或はこれに同意し若しくはこれを発布したものである。従つて同人等が右令状を請求し或はこれに同意し若しくはこれを発布した行為はそれぞれ同人等の故意又は過失による違法な行為である。
(四) ところが右蒲田事件に関連して再び蒲田警察署勤務司法警察員警視庁警部補佐藤三郎は昭和二十七年三月二十六日前記高橋検事の同意を得て、被疑者原木謙治に対する別紙第二の(二)<省略>記載の昭和二十五年東京都条例第四十四号違反、暴力行為等処罰に関する法律違反の被疑事実について前同所を捜索し、右被疑事実の証拠物件を差押えることを許可する旨の捜索差押許可状の発布を東京簡易裁判所裁判官に請求し、同裁判官石井義三郎は同日右請求どおりの捜索差押許可状を発布し、大森警察署勤務司法警察職員は翌二十七日午後二時三十分頃右令状に基き武装警察職員約三百名を動員し、約二時間にわたり大森工場の建物を捜索し、右被疑事実とは何等の関連性もない文書多数を押収した。
(五) 右令状請求に際しては刑事訴訟規則第百五十六条第一項及び第三項所定の資料として別紙第三の(一)及び(二)<省略>記載の各書類並びにその他の捜査記録が提出されたのであるが、右書類の記載によつては原告会社が被疑者原木謙治或は右被疑事実と関係があり、若しくは大森工場に右被疑事件について差押えるべき物が存在すると認めるに足りる状況があると認めることはできないから、右令状請求に際して右書類を提出しただけでは右規則第百五十六条第三項所定の資料の提出があつたものとはいえない。しかるに前記警察職員、検事、裁判官はそれぞれ前記(三)に記載したと同様の故意又は過失によつて違法に右令状を請求し、或はこれに同意し、若しくはこれを発布したものである。
(六) その後昭和二十七年四月十七日午前七時三十分頃東京都池上警察署管内矢口巡査派出所において警視庁巡査田中善蔵が何者かから暴行を受けたという事件(いわゆる矢口事件)が発生するや、その際右派出所附近で一人の男が逮捕されたが、その男は後日判明したところによると野島茂登一というもので、同人は黙秘権を行使してその氏名を全然名乗らなかつたので、その捜査にあたつた警察職員はその男(同人は当時氏名を黙秘しており、その氏名は後日判明したのであることは右のとおりであるが、便宜上以下その氏名のとおり野島と表示する)を原告那須なりとし、池上警察署勤務司法警察員警視庁警部補小松崎哲夫は同日前記高橋検事の同意を得て、原告那須を被疑者なりとし、これに対する別紙第二の(三)<省略>記載の公務執行妨害並びに強盗傷人の被疑事実について大森工場の建物或は原告那須の肩書居宅をそれぞれ捜索し、右被疑事実の証拠物件を差押えるべきことを許可し、且つ夜間執行を許可する旨の各捜索差押許可状の発布を東京地方裁判所裁判官に請求し、同裁判官小川泉は同日それぞれ右請求どおりの捜索差押許可状を発布し、池上警察署勤務司法警察職員は右各令状に基き同日午後九時半頃武装警察職員多数を動員して大森工場及び原告那須方居宅をそれぞれ捜索し、大森工場からは原告会社の業務上の伝票、商用電報、連絡票その他合計十一点の文書、原告那須方居宅からは同原告の写真帖、私信、手帳等いずれも矢口事件に全く関連性のない物件を押収した。
(七) 右令状請求に際しては刑事訴訟規則第百五十六条第一項及び第三項所定の資料として別紙第三の(三)<省略>記載の各書類、写真が提出されたのであるが、別紙第三の(三)の(1) 記載の供述調書には前記田中巡査が同第三の(三)の(10)記載の写真を示されて、その中に逮捕された男(すなわち野島)がいるかどうか問われたところ、その写真の中の一人である原告那須を逮捕された男だと指摘した旨の記載があるけれども右写真は原告会社の従業員多数を一諸に撮影したものであつて、余り鮮明でなく、個々の人の容貌など小さくてその何人なるかを判定することは困難なものであり、この写真と別紙第三の(三)の(9) の写真とを対照してみても、右原告那須の写真と野島の写真とが同一人の写真であるとは到底判断されないし、逮捕するときの格闘のため容貌の変つた野島を見て原告那須の右写真が野島の写真であると断定することは常軌を逸したものというべきであるから、右供述調書は野島を原告那須と認定する資料にすることはできない。また別紙第三の(三)の(6) の書面には逮捕された男(すなわち野島)は原告那須に相違ない旨の記載があるけれども、これは町田巡査部長が野島を原告那須と盲断した上で、原告那須の勤務先や居宅を報告したにすぎないもので、矢張り野島を原告那須なりと認定する資料にするわけにはゆかない。その他には野島を原告那須なりと認定するに足りるような記載のある資料は一つもない。すなわち前記警察職員、検事、裁判官はそれぞれ前記令状を請求し或はこれに同意し若しくはこれを発布するにあたつて、野島が原告那須でないことを承知の上、敢て野島を同原告なりとし、同原告を被疑者としたものであり、仮にそうでないとしても当然野島が原告那須ではないと少くとも野島を原告那須なりとするだけの根拠がないことに気がつくべきであるのに、不注意にもこれに気づかず漫然と野島を原告那須なりと誤認し、同原告を被疑者扱いしたものであつて、この点において右警察職員、検事、裁判官はそれぞれ故意又は過失によつて違法に前記各令状を請求し或はこれに同意し若しくはこれを発布したものといわなければならない。
(八) そして前記(二)(四)(六)記載の各捜索押収にあたつた警察職員等はそれぞれ新聞記者、写真班等報道関係者を伴つて公然とこれを行つたので右各捜索押収の事実並びに模様がその都度直ちに東京都で発行されている日刊新聞紙並びにラジオによつて一斉に報道され、その結果原告会社はあたかも前記各犯罪の本拠地であり、原告那須はその犯人であるかのように誤伝された。そのため原告会社は取引銀行、仕入先、下請工場及び販売代理店等からそのように誤信されその信頼を失い、営業上の信用を著しく毀損されたのみならず、営業上次のような財産上の損害を蒙つた。すなわち原告会社は昭和二十六年六月一日訴外三光工業株式会社(以下三光工業という)との間に、原告会社は三光工業のために同年八月末までにスクーター用発動機五台を試作すること、三光工業は同年十月度から原告会社に対し毎月五十台以上右発動機の製作をその前月末までに注文し、常に向う三カ月間の注文予定数量を通知すること、この契約の有効期限は右生産納入開始の日から五カ年とすることの契約を締結し、原告会社は右契約に基き右発動機の試作を完成し、昭和二十六年十月から三光工業に対しその注文により右発動機を製作納入してきたが、昭和二十七年五月度からは毎月百台、同年八月度からは毎月百五十台を製作納入することになつていたところ、前述のように捜索押収が行われたため、三光工業からの申入により遂に右契約は当事者双方合意の上解除するのやむなきに至り、原告会社は同年五月度以後三光工業に対し右発動機を納入することができなくなり(但し同年五月度分のうち二十六台は納入ずみ)、原告会社は昭和二十七年五月度から昭和三十一年七月度までの間に三光工業に対し右発動機を合計七千四百七十四台(昭和二十七年五月度は百台のところ納入した二十六台を控除して七十四台、同年六、七月度は毎月百台、同年八月度から昭和三十一年七月度までは毎月百五十台として計算)納入して得べかりし利益合計金二千七百二十八万百円(右発動機一台の納入価格は金三万四千円、原価は金三万三百五十円であるから、納入による利益は一台につき金三千六百五十円である)を喪失し、右利益と同額の財産上の損害を蒙つた。また原告那須は前述の捜索押収の事実並びに模様報道の結果により前記各犯罪の犯人であるかのように疑われ名誉を大に毀損され精神上絶大な苦痛を蒙つた。
(九) 前記検事及び裁判官はいずれも被告国の公権力の行使にあたる公務員であり、前記警察職員はいずれも警察法にいわゆる特別区の存する区域における自治体警察の職員であり、被告都はその自治体警察を維持管理し、その費用を負担する公共団体であるところ、原告等の蒙つた前記損害は右公務員等がその職務を行うについて共同して故意又は過失により違法に原告等に加えたものというべきであるから、被告等は連帯して原告等に対し国家賠償法の規定に基きその損害を賠償すべき義務がある。従つて被告等は連帯して原告等に対しそれぞれその信用及び名誉回復のため請求の趣旨第一項記載のとおりの謝罪広告を掲載し、原告会社に対しては前記得べかりし利益の喪失による損害賠償金の内金として金百万円を支払い、原告那須に対してはその精神的苦痛に対する慰藉料として原告那須の地位、身分、経歴、職業等諸般の事情に鑑み金十万円を支払うべき義務があるものといわなければならないから、原告等は被告等に対し右各義務の履行並びに右各金員に対する本件訴状が被告等双方に送達せられた後である昭和二十七年五月二十日からその各支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだと述べ、
本件謝罪広告の請求について被告都は被告としての当事者適格を有しないという被告都の主張を否認し、警察法第五十一条は「特別区の存する区域においては、特別区が連合してその区域内における警察の責に任ずる」旨規定しているけれども、警察法の規定によれば特別区の存する区域における自治警察については、特別区の存する区域を以て一の市とみなし、市町村警察に関する規定を準用することになつており(同法第五十三条)、市町村公安委員会に相当する特別区公安委員会が都知事の所轄の下に置かれ、その委員は都知事が都の議会の同意を経てこれを任命し(同法第五十二条)、右自治体警察の警察長は特別区公安委員会が内閣総理大臣の意見を聴いてこれを任免し(同法第五十二条の二)、右自治体警察に要する経費は都の負担とする(同法第五十二条の三)ことになつておりまた沿革的に見ても特別区の存する区域は旧東京市の区域に相当しその実態においても一個の共同生活体として一体をなしており、他の法令においても幾多特別の措置が講ぜられており、以上述べたところに徴すれば右警察法第五十一条にいわゆる特別区が「連合して」警察の責に任ずるというのは、特別区毎に個々の自治体警察が置かれて、それらが連合して警察の責に任ずるというのではなく、特別区の存する区域においてはその全区域を一体としてそこに単一の組織体としての自治体警察が設置されるべきことを定めたにすぎないものであつて、右第五十一条の趣旨及び前述したところを綜合して考えれば被告都が特別区の存する区域の警察の責に任じ、その自治体警察を維持管理し、その費用を負担するものであつて、その条例は都の議会が、規則は都知事が定めるべきこと明らかである。そして右自治体警察の職員の任用については特別区公安委員会の定めるところであり(「警視庁の設置及び定員に関する条例」――昭和二十七年四月十五日都条例第三十六号――第九条)、その公安委員会は都知事の所轄の下にあり、その委員は都知事が都議会の同意を経てこれを任命するものであつて、結局被告都は右警察職員の選任監督について責任を負う公共団体といわなければならないから、右警察職員がその職務を行うについて故意又は過失により違法に他人の名誉を侵害した場合には被告都は国家賠償法第一条の規定によりその損害を賠償すべき義務がある。仮に被告都は右自治体警察の費用を負担する公共団体であるにすぎないものとしても、右の場合国家賠償法第三条の規定によりその損害を賠償すべき義務がある。そしていずれにしてもその損害賠償の方法は金銭賠償に限らず、謝罪広告その他名誉を回復するため適当な方法によるべきこと同法第四条の規定により明らかであるから、本訴において原告等は被告都に対し謝罪広告を求め得るものといわなければならない。従つて本件謝罪広告の請求について被告都が被告としての当事者適格を有しないとの被告都の主張は失当であると陳述した。<立証省略>
被告国指定代理人は主文第一項同旨の判決を求め、請求の原因に対する答弁として、原告等主張の
(一) の事実のうち、原告会社が資本金四百万円を以て昭和二十三年四月設立され、原告等主張のような営業を行う株式会社であつて本店並びに工場及び営業所をそれぞれ原告等主張の場所におくこと、原告那須が原告会社の専務取締役であることは認めるが、その余の事実は知らない。
(二) の事実のうち、押収物件が被疑事実と関連性のないものであるということは否認するが、その余の事実は認める。
(三) の事実のうち、原告等主張の令状請求に際して刑事訴訟規則第百五十六条第一項、第三項の資料として原告等主張のような書類が提出されたことは認めるが、その余の事実は否認する。右疎明資料として提出された書類によれば、昭和二十七年二月二十一日夕刻蒲田警察署管内においていわゆる反植民地デー闘争デモと称する集団示威行進が行われた際、右行進に参加した者がその途中別紙第二の(一)記載のような各犯罪行為を行つたが、その参加者のうち約四、五十名が右行進終了後直ちに大森工場及びその寮の中に入つて行つたことが認められ、右状況によれば別紙第二の(一)記載の被疑事実にいわゆる甲斐巡査が奪われた拳銃が同工場又はその寮に持ち込まれて現に同工場内に存在すると認めることができるから、前記疎明資料によつて大森工場内に別紙第二の(一)記載の被疑事実について差押えるべき物が存在すると認めるに足りる状況があると認めて前記令状の発布を請求した警察職員、これに同意した検事、これを発布した裁判官には故意は勿論過失はない。
(四) の事実のうち、押収物件が被疑事実と関連性のないものであるということは否認するが、その余の事実は認める。
(五) の事実のうち、原告等主張の令状請求に際して刑事訴訟規則第百五十六条第一項、第三項所定の資料として原告等主張のような書類が提出されたことは認めるが、その余の事実は否認する。右令状請求の際提出された資料殊に別紙第三の(二)の(1) の調書によれば、被疑者原木謙治その他蒲田事件の指導者等が、前記集団示威行進の直前に目潰しや行進の進路を記載した地図等を用意して大森工場に参集し、そこで謀議したこと及び前記甲斐巡査が奪われた拳銃を右工場に参集した者が所持していたことが認められ、右状況によれば右地図その他蒲田事件に関する証拠物件が大森工場内に存在するかもしれないと認めることができるので、右疎明資料に基いて大森工場に差押えるべき物が存在することを認めるに足りる状況があると認めて前記令状の発布を請求した警察職員これに同意した検事、これを発布した裁判官には故意は勿論過失もない。
(六) の事実のうち、押収物件が被疑事実と関連性がないものであるということは否認するが、その余の事実は認める。
(七) の事実のうち、原告等主張の令状請求に際して刑事訴訟規則第百五十六条第一項、第三項所定の資料として原告等主張のような書類、写真が提出されたことは認めるが、その余の事実は否認する。野島は逮捕された後頑強に氏名を黙秘したので、池上警察署の警察職員は人相による識別に努めたが、野島は逮捕の際の格闘で眼鏡を取り落しており、且つ右顔面を負傷して多少人相が変つている上、故意に髪を乱し、顔をしかめ又はゆがめなどして人相を変えるため、その識別は困難を極めたところ、かねて原告那須の顔を見知つている同署勤務警視庁巡査部長町田中男及び同長谷川某の所見では原告那須であるということであり、他方被害者である田中巡査及び事件の目撃者等に同署に保管中の多数の写真を示してその中に交番を襲つた犯人がいるかどうかを問うたところ、田中巡査外数名が一致して写真中の一人(それが原告那須であることは同署に判明していた)を逮捕中の男(野島)であると指摘した。また同署では念のため原告那須が矢口事件発生の当日自宅若しくは原告会社の本店或は大森工場に居つたかどうか捜査したところ、そのいずれにも所在しなかつたことが判明した。かかる状況並びに事件の性質からみて野島の取調にあたつた警察職員が野島を原告那須なりと誤認したことは無理からぬことであり、右警察職員には過失はない。そして令状請求に際し提出された前記資料によれば逮捕中の男(野島)が原告那須であり、従つて同原告が別紙第二の(三)記載の被疑事実の犯人なりと疑うに足りる事情が明らかであるから、右資料に基いて令状を請求した警察職員、これに同意した検事、これを発布した裁判官には何等故意若しくは過失はない。
(八) の事実のうち、原告等主張の各捜索押収の事実並びに模様がその都度直ちに東京都で発行されている日刊新聞紙上並びにラジオによつて一斉に報道され、その結果原告会社があたかも前記各犯罪の本拠地であり、原告那須はその犯人であるかのように誤伝されたことは認めるが、捜索押収にあたつた警察職員等が新聞記者、写真班等報道関係者を伴つて公然とこれを行つたということは否認する。その余の事実は知らない。右報道は新聞記者、写真班等が捜査当局を追つて取材したところに基くものであつて、警察職員の連絡又は発表に基くものではない。
(九) の事実のうち、検事及び裁判官が被告国の公権力の行使にあたる公務員であることは争わないが、その余の事実は争うと述べた。<立証省略>
被告都指定代理人は主文第一項同旨の判決を求め、本案前の抗弁として、
本件訴訟において原告等は被告都に対し特別区の存する区域における自治体警察の職員がその職務を行うについて故意又は過失により違法に原告等の信用或は名誉を侵害したことを理由として謝罪広告の請求をしているけれども、特別区の存する区域における自治体警察は特別区が連合して維持するものであつて、被告都が維持するものではないから、右自治体警察の職員は特別区という市に相当する地方公共団体の職員ではあるが、被告都の職員ではない。そして特別区には都知事の所轄の下に市町村公安委員会に相当する特別区公安委員会が置かれ、その委員は都知事が都の議会の同意を経てこれを任命するものであるが、右公安委員会の性格は特別区の警察関係の執行機関であつて、被告都の機関ではないのである。そして右特別区の機関である特別区公安委員会が特別区の連合して維持する自治体警察の運営管理と行政管理とを行い、その警察長である警視総監を任免する権限を有し、その警視総監が右警察の職員の任免、指揮、監督にあたつているのであるから、被告都は右警察職員について任免、指揮、監督の権限を有しない、いわば第三者であるところ、謝罪はその行為の性質上謝罪の原因となるような行為をしたもの又はその任免、指揮、監督の権限があるものがなすべきものであつて、それ以外の第三者はこれをなす義務はないものであるから、被告都は右自治体警察の職員の違法行為について謝罪広告をなす義務はない。仮に被告都が国家賠償法第三条第一項にいわゆる費用の負担者として右警察職員の違法行為による損害の賠償責任があるとしても、同法条にいわゆる損害賠償の方法は金銭賠償に限り謝罪広告は含まないと解すべきであるから、被告都は謝罪広告をする義務はない。いずれにしても原告等としては被告都を被告として前記理由により謝罪広告を請求することは許されないものであるから、原告等の被告都に対する本件謝罪広告の請求はすでにこの点において理由がないと述べ、
本案請求原因に対する答弁として、原告等主張の
(一) の事実のうち、原告会社が原告等主張のような営業を行う株式会社であつて、工場及び営業所を原告等主張の場所におくことは認めるが、その余の事実は知らない。
(八) の事実のうち、原告等主張の各捜索押収の事実並びに模様がその都度直ちに東京都で発行されている日刊新聞紙上並びにラジオによつて一斉に報道されたことは認めるが、その余の事実は否認すると述べた外その余の事実に対しては被告国の答弁と同様に陳述した。<立証省略>
三、理 由
(一) 被告都が本件謝罪広告の請求について被告としての当事者適格を有するかどうかについて、
原告等は特別区の存する区域の自治体警察の警察職員がその職務を行うについて故意又は過失により違法に原告等の信用又は名誉を毀損したところ、被告都は右自治体警察を維持管理する公共団体であるから、国家賠償法の規定により被告都に対し謝罪広告を請求する旨主張するに対し、被告都は本件謝罪広告の請求について被告都は被告としての当事者適格を有しない旨争うので、先ずこの点について判断するに、警察法第五十一条は、「特別区に存する区域においては特別区が連合してその区域内における警察の責に任ずる」旨規定しているが、警察法の規定によれば特別区の存する区域における自治体警察については特別区の存する区域を以て一の市とみなし、市町村警察に関する規定が準用されることになつており(同法第五十三条)、市町村公安委員会に相当する特別区公安委員会が都知事の所轄の下に置かれ、その委員は都知事が都の議会の同意を経てこれを任命し(同法第五十二条)、右自治体警察の警察長は特別区公安委員会が内閣総理大臣の意見を聴いてこれを任免し(同法第五十二条の二)、右自治体警察に要する経費は都の負担とすることになつており(同法第五十二条の三)、市町村自治体警察については市町村長所轄の下に市町村公安委員会が置かれ(同法第四十三条)、その委員は市町村長が市町村の議会の同意を経てこれを任命し(同法第四十四条、第二十一条)、市町村警察長は市町村公安委員会がこれを任免し(同法第四十七条)、その経費は市町村が負担することになつており(同法第四十二条)、警察法が特別区の存する区域における自治体警察について規定するところと市町村自治体警察について規定するところとは種々の点で相類似し、特別区の存する区域における自治体警察の都に対する関係は、市町村警察の市町村に対する関係と略同様であるところ、市町村警察を設置維持する公共団体はその市町村であること、また沿革的に見ても特別区の存する区域は旧東京市の区域に相当し、その実態においても一個の生活共同体として一体をなしており、他の法令においても幾多の特別の措置が講ぜられていること、更に特別区の存する区域は我が国の首都として政治経済の中心をなし、その治安は単にその特別区の存する区域のみに止まらず我が国全体の治安に重大なる影響を及ぼす可能性があることなどからして、特別区の存する区域においてはその全区域を一体としてそこに単一の組織体としての自治体警察が置かれ、そしてその自治体警察を維持管理し、その費用を負担する公共団体は被告都であると解するを相当とする。尤も警察法第五十一条は特別区の存する区域内においては「特別区が連合して」警察の責に任ずる旨規定しているけれども、これは特別区毎に個々の自治体警察が置かれ、それらが連合して警察の責に任ずるというのではなく、特別区の存する区域においてはその全区域を一体としてそこに単一の組織体としての自治体警察が設置維持管理されることを規定したに止り、そこにおかれる自治体警察を維持管理する責に任ずる公共団体が特別区自体であるということを規定したものではない。もし右法条が特別区自体にそういう責任があることを規定したものと解すれば特別区はその警察事務を共同処理するため地方自治法第二百八十四条にいわゆる一部事務組合を設置することを要するが、そうすると同法第二百八十七条及び第二百九十二条の各規定により右組合の議会がおかれ、組合の執行機関が定められなければならないことになるが、警察法の立前がこのようなことを予想していないことは前述した同法の諸規定に照し明らかであつて、この点からも右警察法第五十一条の規定は特別区自体に前記自治体警察を維持する責任を認めたものと解するのは相当でない。従つて右自治体警察に関する条例は都の議会が規則は都知事が各制定すべきものであるところ、「警視庁の設置及び定員に関する条例」(昭和二十七年四月十五日都条例第三十六号)第九条によればその警察職員の任免については特別区公安委員会の定めるところとなつているが、その公安委員会は都知事の所轄の下にあり、その委員は都知事が都議会の同意を経てこれを任命するものであるから、結局において被告都は右自治体警察の経費を負担するばかりでなくその警察職員の選任監督について責任を負う公共団体であるといわなければならない。従つて右警察職員がその職務を行うについて故意又は過失により違法に他人に損害を加えた場合には、被告都は国家賠償法第一条の規定によりその損害を賠償すべき義務がある。そして同条にいわゆる損害賠償の方法は金銭賠償に限らず名誉毀損の場合にはこれを回復するため適当な方法例えば謝罪広告などによることもできるものと解すべきことは同法第四条の規定により明らかである(このことは同法第三条にいわゆる損害賠償についても同様と解する)。故に原告等主張のように右自治体警察の警察職員がその職務を行うについて故意又は過失により違法に原告等の信用又は名誉を毀損した事実があるものとすれば、被告都は原告等に対して謝罪広告をなすべき義務があり、原告等は被告都を被告としてその謝罪広告の請求をなし得るものといわなければならない。従つて本件謝罪広告の請求について被告都は被告としての当事者適格を有しないとの被告都の主張は結局において採用することができない。
(二) 昭和二十七年二月二十二日大森工場に対し行われた捜索、押収に関し警察職員、検事、裁判官に故意又は過失があつたかどうかについて、
昭和二十七年二月二十一日夕刻東京都蒲田警察署管内においていわゆる反植民地デー闘争デモと称する集団示威行進が行われた際、右行進参加者と警官隊との衝突事件が発生するや、蒲田警察署勤務司法警察員警視庁警部補高橋力彌が同日東京地方検察庁検事高橋某の同意を得て原告等主張のような捜索差押許可状の発布を東京地方裁判所裁判官に請求し、同裁判官石崎四郎が同月二十二日右請求どおりの捜索差押許可状を発布し、大森警察署勤務司法警察職員が同日早暁右令状に基き武装警察職員約三百名を動員し約三時間にわたり大森工場の建物内を搜索し、原告等主張の物件を押収したこと、右令状請求に際して刑事訴訟法第百五十六条第一項及び第三項所定の資料として別紙第三の(一)記載の各書類が提出されたことは当事者間に争がなく、証人高橋力彌、同石崎四郎の各証言によると高橋警部補、高橋検事、石崎裁判官はそれぞれ右別紙第三の(一)記載の各書類(すなわち成立に争のない甲第二十六号証の四乃至六)に基いて刑事訴訟規則第百五十六条第一項、第三項所定の資料が具備し、大森工場に別紙第二の(一)記載の被疑事実について差押えるべき物が存在すると認めるに足りる状況があると認めて、右令状の発布を請求し或はこれに同意し若しくはこれを発布したものであることが認められ、同人等がそれぞれ右工場に差押えるべきものが存在すると認めるに足りる状況はないと考えながら敢て故意に右令状を請求したり、これに同意したり、これを発布したりしたものでないことは明らかである。そこで同人等に果して原告等主張のような過失があつたか否かについて検討するに、右別紙第三の(一)記載の書類がいずれも司法警察職員が作成した報告書或は司法巡査の供述調書であることは原告等主張のとおりであるけれども、刑事訴訟規則第百五十六条第一項、第三項所定の資料については、有罪判決をする場合の証拠のようにその証拠能力に刑事訴訟法上の制限があるわけではなく、司法警察職員の作成した報告書或は司法巡査の供述調書と雖も同法条所定の資料たり得るものである(その証明力については別問題である)から、右書類を右所定の資料とすることも形式的には妨げないものというべきである。次に原告等は右甲第二十六号証の四乃至六の記載によつては原告会社が別紙第二の(一)記載の被疑事実と関係があり若しくは右被疑事実について差押えるべき物が大森工場に存在すると認めるに足りる状況は認められないと主張するけれども右甲号証の記載に徴しても右主張を肯認することはできないし、かえつて右甲号を綜合して考えれば、別紙第二の(一)記載のような各犯罪行為が前記のように蒲田警察署管内においていわゆる反植民地デー闘争デモと称する集団示威行進が行われた際その行進に参加した者によつて行われたこと、そして右行進に参加した者のうち約四、五十名がその行進終了後直ちに大森工場の建物及びその寮の中に入つて行つたことが認められ、かかる状況によれば右犯罪行為によつて甲斐巡査が奪われた拳銃が同工場又はその寮に持ち込まれて当時現に同工場内に存在するものと一応認めることができる。すなわち右書類によれば大森工場に別紙第二の(一)記載のような被疑事実について差押えるべき物が存在すると認めるに足りる状況を一応認めることができる。ところで被疑者以外の者の住居その他の場所を捜索する場合にはその捜索差押許可状の請求に際し刑事訴訟規則第百五十六条第三項所定の資料が提出されなければならないこと勿論であるが、その提出された資料が同条項所定の資料として形式的に適法であり、その記載によれば捜索場所に差押えるべき物が存在すると認めるに足りる状況があると一応認められる場合、警察職員、検事、裁判官が右資料に基いて同条項所定の要件が具備すると考えて捜索差押許可状の発布を請求し或はこれに同意し若しくはこれを発布することは一応肯認され、仮に当時客観的に差押えるべき物がその捜索場所に存在しなかつたものであるとしても、他に特段の事情のない限りその警察職員、検事、裁判官に過失ありとはいえないから前述のとおり右令状請求の際提出された書類が右条項所定の資料として形式的に適法であり、その記載によれば大森工場に差押えるべき物が存在すると認めるに足りる状況が認められる以上、これに基いて右所定の要件が具備すると考えて前記令状を請求し或はこれに同意し若しくはこれを発布した警察職員、検事、裁判官には何等とがむべき点はないのであつて、仮に当時客観的には右工場に差押えるべき物が存在しなかつたとしても、それだけで直ちに同人等に過失ありとはいえないし、その他本件に現われた全証拠方法によつても同人等に過失があつたとするに足りる事情は認められない。
(三) 昭和二十七年三月二十七日大森工場に対し行われた捜索押収に関し警察職員、検事、裁判官に故意又は過失があつたかどうかについて、
前記蒲田事件に関連して再び蒲田警察署勤務司法警察員警視庁警部補佐藤三郎が昭和二十七年三月二十六日前記高橋検事の同意を得て原告等主張のような捜索差押許可状の発布を東京簡易裁判所裁判官に請求し、同裁判官石井義三郎は同日右請求どおりの捜索差押許可状を発布し、大森警察署勤務司法警察職員が翌二十七日午後二時三十分頃右令状に基き武装警察職員約三百名を動員し約二時間にわたり大森工場の建物を捜索し、文書多数を押収したこと、右令状請求に際し刑事訴訟規則第百五十六条第一項、第三項所定の資料として別紙第三の(一)及び(二)記載の各書類その他の捜査記録が提出されたことは当事者間に争がなく、証人佐藤三郎、同石井義三郎の各証言によると、佐藤警部補、高橋検事、石井裁判官はそれぞれ右別紙第三の(一)及び(二)記載の各書類(すなわち前顕甲第二十六号証の四乃至六及び成立に争ない甲第二十七号証の四、五)に基いて前記条項所定の資料が具備し、大森工場に別紙第二の(二)記載の被疑事実について差押えるべき物が存在すると認めるに足りる状況があると認めて右令状を請求し或はこれに同意し若しくはこれを発布したものであることが認められ、右警部補、検事、裁判官に原告等主張のような故意のないことは明らかである。そこで同人等に原告等主張のような過失があつたかどうかについて考えるに、原告等は右甲号証の記載によつては原告会社が被疑者原木謙治或は別紙第二の(二)記載の被疑事実と何等かの関係があり、若しくは大森工場に右被疑事件について差押えるべき物が存在すると認めるに足りる状況は全く認められないと主張するけれども、右甲号証の記載を調べてみても右主張を肯定することはできないし、かえつて右甲号証を綜合すれば被疑者原木謙治が別紙第二の(二)記載の各犯罪行為を犯したものであることが一応認められ、右甲第二十七号証の四(別紙第三の(二)の(1) の調書)によれば被疑者原木その他蒲田事件の指導者等が前述示威行進の直前に目潰しや、行進の進路を記載した地図等を用意して大森工場に参集し、そこで謀議したこと及び前記甲斐巡査が奪われた拳銃を右工場に参集した者が所持していたことが認められ、右状況によれば右地図その他蒲田事件に関する証拠物件が大森工場に存在するかもしれないと認めることができる。すなわち前記疏明書類によれば大森工場に別紙第二の(二)記載の被疑事実について差押えるべき物の存在すると認めるに足りる状況を一応認めることができるのである。従つて仮に当時客観的には右工場に差押えるべき物が存在しなかつたとしても、右書類に基いて前記条項所定の要件が具備すると考えて前記令状を請求した警察職員、これに同意した検事、これを発布した裁判官に直ちに過失ありといえないこと前記(二)において説明したと同様である。そしてその他に同人等に過失があつたとするに足りる事情を認めるに足りる証拠はない。
(四) 昭和二十七年四月十七日大森工場及び原告那須方居宅に対し行われた捜索押収に関し警察職員、検事、裁判官に故意又は過失があつたかどうかについて、
昭和二十七年四月十七日午前七時三十分頃東京都池上警察署管内矢口巡査派出所において警視庁巡査田中善蔵が何者かから暴行を受けたという事件(いわゆる矢口事件)が発生するや、その際右派出所附近で一人の男が逮捕され、その男は後日判明したところによると野島茂登一というものであつたが、同人は黙秘権を行使してその氏名を全然名乗らなかつたので、その捜査にあたつた警察職員等はその男を原告那須なりとし、池上警察署勤務司法警察員警視庁警部補小松崎哲夫は同日高橋検事の同意を得て原告那須を被疑者なりとしてこれに対する別紙第二の(三)記載の公務執行妨害並びに強盗傷人の被疑事実について原告等主張のような捜索差押許可状の発布を東京地方裁判所裁判官に請求し、同裁判官小川泉は同日それぞれ右請求どおりの捜索差押許可状を発布し、池上警察署勤務司法警察職員は右各令状に基き同日午後九時半頃武装警察職員多数を動員して大森工場及び原告那須方居宅を捜索し、それぞれ原告等主張の物件を押収したこと、右令状請求に際し刑事訴訟規則第百五十六条第一項、第三項所定の資料として別紙第三の(三)記載の各書類、写真が提出されたことは当事者間に争がない。
証人田口仁の証言によれば右令状を請求した者は小松崎警部補であるけれども、同警部補は捜査の結果蒐集された資料に基いて右請求の手続をしたに止り、その請求に至るまでの捜査を実際に担当したのは同署勤務司法警察員警視庁警部補田口仁であることが認められ、同証言及び証人町田中男、同田中善蔵、同竹内範次、同入沢文雄の各証言を綜合すれば、田口警部補は野島を逮捕した後、その何人なるやを特定しようとしたが、野島は頑強に氏名を黙秘したのでその人相による識別に努めたが、野島は逮捕の際の格闘により眼鏡を取り落しており、且つ右顔面を負傷して多少人相が変つている上故意に髪を乱し顔をしかめ又はゆがめなどして人相を変えるため、その識別困難を極めたので、(1) 同署員等に野島を見せてこの男を知つているものがあるかどうか尋ねたところ、同署勤務警視庁巡査部長町田中男及び同長谷川某がこの男はかねて同人等が見知つている原告那須に間違いないと述べ、また(2) 右矢口事件の被害者や現場の目撃者等に同署に保管中の多数の写真(その中に別紙第三の(三)の(10)の写真も含まれていた)を示して、その中に矢口事件の犯人がいるかどうか問うたところ、被害者である田中巡査及び目撃者である竹内範次、入沢文雄が一致して右写真中から別紙第三の(三)の(10)の写真(成立に争ない乙第一号証がこれであつて、甲第三十号証はこれを複写したものであることは弁論の全趣旨により明らかである)を取り出して、その写真の中に写つている一人の男(それが原告那須であることは同署に判つていた)を右逮捕された男(野島)であると指摘した。そして(3) 同警部補は念のため刑事をして原告那須が右事件発生当日自宅或は原告会社の本店若しくは大森工場にいたかどうか捜査させたところ、いずれも不在であつたことが確認された。そこで田口警部補は右(1) (2) (3) の事情を綜合して野島を原告那須なりと認定したものであることが認められる。捜査の段階においても基本的人権の尊重せらるべきことは当然であるが、この段階では証拠資料も乏しくしかも時間的に訊速な事件処理が要請されるのが普通であり、捜索差押許可状の請求発布にあたつては被疑事実について一応の嫌疑があれば足りるものであるから、田口警部補が右認定のような状況の下において野島を原告那須なりと判断したことは当時の段階においてはやむを得ないものであり、右判断が結局においては真実に合致しなかつたとしても、直ちに同警部補に過失ありとはいえない。
前記田口証人及び証人小川泉の各証言によれば、右田口警部補から事務を引継いで前記令状を請求した小松崎警部補、これに同意した高橋検事、これを発布した小川裁判官はいずれも別紙第三の(三)記載の各資料(すなわち成立に争のない甲第二十八号証の四乃至十一、同第二十九号証の一及び前顕乙第一号証)に基いて野島を原告那須なりと判断し、別紙第二の(三)記載の被疑事実の犯人は原告那須なりと考え、右被疑事実についてそれぞれ原告那須方居宅及び大森工場を捜索する必要ありと判断したことが認められる。右甲第二十八号証の四には前記被害者である田中巡査が別紙第三の(三)の(10)の写真を示されてその中に逮捕された男(すなわち野島)がいるかどうか問われたところ、その写真の中の一人である原告那須を逮捕された男だと指摘した旨記載されており、前顕甲第二十八号証の九には逮捕された男が原告那須に相違ない旨の記載があり、右各記載によれば逮捕された者が原告那須であると認められないわけではなく、前記甲第二十八号証の四乃至十一を綜合すれば逮捕された男(野島)従つて原告那須が別紙第二の(三)記載の被疑事実の犯人なりと疑うに足りる事情が一応認められる。尤も原告等は右田中巡査が前記写真を見て野島の写真なりと判断したことは常軌を逸したものであるというけれども、原告那須と野島は瓜二つという程酷似していないから、両人を同時に並べて見れば見間違えるということはないであろうが、両人は双方とも眼鏡をかけ一見年齢、風貌、体格などから受ける感じにおいて似かよつて居り、これを各別に時を異にして見れば両者を混同することもあながち無理とはいえないことは、当裁判所に証人或は原告本人として出頭した両人を見比べたところによつて窺うことができ、右田中巡査が前述のような状況の下において右のような判断をしたことが全く常軌を逸したものということはできない。また原告等は右甲第二十八号証の九は町田巡査部長が野島を原告那須と盲断した上で原告那須の勤務先や居宅を報告したにすぎないものである旨主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はなく、かえつて町田証人の証言によれば町田巡査部長は池上警察署の公安係として勤務していた関係で原告那須をかねて見知つていたのであるが、逮捕された男を見た瞬間原告那須ではないかと直感したが、直ちにそうと盲断したわけではなく、なおよく容貌、体格などを慎重に観察した上、前述のように野島の人定のため他の方法と同時に行われた原告那須の所在調査の結果をも斟酌して、野島を原告那須に間違いないと確信して右甲号証を以て上司に上申したものであることが認められる。従つて右田中巡査、町田巡査部長に過失のせむべきものはないこと勿論であり、右甲第二十八号証の四及び九を被疑者特定の資料とすることは形式上は妨げないものといわなければならない。なお甲第二十九号証の一の写真と乙第一号証中原告那須の写真とを仔細に対照すれば、両者は同一ではないけれども、同一人の写真であつても時には全く別人の写真のように感ぜられる場合もあるし、野島と原告那須とが一見似た感じがしないでもないことは前述のとおりであり、右写真も同一人の写真であるとも見れないこともなく、両者が同一人の写真であるとする資料が他にあるに拘らず、両写真を対比するだけで右資料を排除して両者は別人の写真なりと認定せざるを得ないほど明白な差異があるとはいえない。従つて右甲第二十八号証の四及び九のように野島が原告那須なりと認められるような資料があるに拘らず、右写真を対比することによつて、右資料を排斥しなかつたとしても、これを以てとがむべきであるとする筋合はない。以上のとおり野島を一応原告那須なりと認めることができる以上小松崎警部補、高橋検事、小川裁判官が前記資料に基いて野島を原告那須なりと認定したことは無理からぬことであつて、野島が原告那須ではなかつたとの一事によつて直ちに右警部補、検事、裁判官に故意は勿論過失があつたとはいえない。その他本件に現われた全証拠方法によつても右令状の請求、発布の過程において警察職員、検事、裁判官に故意又は過失があつたとするに足りる事情を認めることはできない。
(五) 結論
原告等は原告等主張の日にそれぞれ大森工場及び原告那須方居宅を捜索されたことにより、その名誉信用を毀損され損害を蒙つたが、これは前記警察職員、検事、裁判官が故意又は過失により違法に各令状を請求し、或はこれに同意し若しくはこれを発布したことに基因するものである旨主張するけれども、以上認定のとおり右警察職員、検事、裁判官に原告等主張のような故意は勿論過失も認められないから、原告等の本訴請求は既にこの点において理由がないこと明らかであるから、その余の点について判断するまでもなくこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のように判決する。
(裁判官 飯山悦治 鉅鹿義明 輪湖公寛)